12月13日に行われた定例会の要旨は下記のとおり
1.
理事会報告: 豊口理事
・理事長の交代に伴う変更登記について: 10月4日付で故青柳理事長から田村理事長に 交代。
本店(「主たる事務所」)は田村理事長の自宅に変更。「登記書」には当法人の目的等の内容に
ついても明記されている。これを「連絡の窓」に掲載するので皆さんよく読んで 確認して
いただきたい。
・1月に開催される「郷土史検定」について、講師、内容、試験問題等について検討し、決定した。
・これまで理事会は理事7名の体制だったが、故青柳理事長の逝去、中野隆理事の退会により
現在5名の体制。2名の補充が必要だが、総会の決定が必要。人選等も含め、3月までに今後の
方向性を決めたい。当面は理事5名の体制で検討していく。
2.
11月ガイド実施結果報告: 平本理事
・11月の実績は、26件・579名。対前年同月比 ー12件・ -436名。10月は対前年比
+352名で1,000名を超える実績だった。前年11月は小山小が136名あったのと、今年は
11月第2週から急に寒くなり、待機ガイド者数の大幅減がマイナスの要因。10月+11月の
トータルでみれば前年とほぼ同じくらいである。
・実施結果報告の詳細は、別紙「11月ガイド実施結果」のとおり
3. 12月以降ガイドスケジュール: 岡理事
・「郷土史検定」の内容変更及び担当割について:
1/14の座学: あらまし(高橋副理事長)、古代・中世(平本理事)
1/21の座学: 江戸時代(岡理事)、文化財(高橋副理事長)
1/24の座学: 明治時代(豊口理事)、まとめ(田村理事長)
・その他12月以降のガイド予定については、別紙「ガイド予定表2024年12月~」のとおり
4.事務局連絡:
(関口常任顧問)
・閻魔堂にあるパンフレットケースの設置について。
これまで閻魔堂、常与寺、浅間神社、陣屋跡のパンフレットを流山駅のスタンドに置いて
いたのは故青柳理事長から依頼があって千代田さんが補充していたが、11月中旬から
関口が引き継いだ。地元根郷の役員鈴木さんと市役所のツーリズム課へ行き、引継ぎの
挨拶をしてきたが、鈴木さんから閻魔堂にパンフレットを置きたいとの要望があったので
設置となった。常与寺にも住職さんにお願いしてパンフとケースを置いてきたが現時点
では設置されていない。
(豊口理事)
・ガイド実施後礼状をもらうケースがあるが、その場合はできるだけ「連絡の窓」に掲載
することとしたい
5.勉強会「ガイド疑問点・不明点(みりん、庚申塔、閻魔堂、陣屋跡)」
別紙「勉強会資料」に基づき双方向議論。主な論点は下記のとおり。:
・みりん: 主要二社の生産高の比較について。
『相模屋堀切紋次郎家文書の概要』(川根正教)によれば、幕末時には堀切紋次郎
3650石、秋元三左衛門1700石、永岡三郎兵衛1100石とある。また秋元家文書
(慶応4年)には、紋次郎3650石、三左衛門2000石、次郎右衛門(嶋屋)1100石
とある。これだと二社に差があるように見えるが、年毎に違うし、明治になって
からも違うので、 万上と天晴は2大みりんメーカーだったことを強調しておく。
(以上岡理事の説明)
上記に関し、田村理事長より補足説明あり。詳細は こちら。
・庚申塔: 庚申塔を建てたのは、庚申講を結んだ時とか一定の回数や期間の庚申待ちを
無事終了した時の記念との説明で良いか、との疑問点。
吉野家文書に「新たに庚申塔ができて、三日後にお寺(旧長福寺)の方丈で供養を
行った」とある。供養は入魂供養で、その後にしかるべき所に建立され信仰の対象
になったと考えられる。(岡理事の説明)
最初は如意輪観音などの観音様を拝んでいたと聞いたことがある(佐久間班長)。
博物館の庚申塔めぐりでは、青面金剛の以前はいろいろな仏様から始まったとの
説明だった(谷田かをるさん)との意見あり。
上記に関連して田村理事長より補足説明あり。詳細は こちら。
・新選組陣屋跡:
・「新選組」は京都時代のイメージ。流山に来た時の呼び方について。
「元新選組」とか「甲陽鎮撫隊」とか「幕府歩兵方」とかあるが、流山に来たときは、
「新選組」でも「甲陽鎮撫隊」でも無いが、「新選組」と言ったほうが分かり易いので、
「新選組」でよい。「元」をつけても間違いではない。
・近藤、土方以外の幹部で流山に来たのは誰か。
新選組流山隊の資料に載っているとのことだが、はっきりしたことは不明。「○○の本
によれば誰々の名がある」というような回答なら良い。
・近藤勇、土方歳三の死亡した年齢、34歳と35歳について。
関口常任顧問が勉強会で作成した資料があるので、「連絡の窓」に載せる。
6.
班別ミーティング
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