本町コース
|
|
流山市観光協会資料より |
|
Aコース 平和台駅(流鉄流山線) → 陸軍糧秣廠跡 → 赤城神社 → 光明院 → 一茶双樹記念館
まちなかミュジアム → 庚申塔 → 新選組本陣跡 → 閻魔堂 → 常与寺 → 浅間神社
→ 広小路 → 流山駅 (流鉄流山線) {解散}
Bコース 流山駅(流鉄流山線) → 本多家加村台御屋敷跡 → 葛飾県・印旛県県庁跡 → 広小路 →
浅間神社 → 常与寺 → 閻魔堂 → 新選組本陣跡 → まちなかミュジアム → 一茶双樹記念館
→ 光明院 → 赤城神社 {解散} → 平和台駅(流鉄流山線) |
|
|
陸軍糧秣廠跡 大正14年に開所された流山で唯一の軍関係の施設で、軍馬の飼料を製造管理していました。原料となるワラや草は
近隣から江戸川の水運で運ばれて加工され、鉄道やトラックで東京方面に輸送されました。 |
|
|
|
陸軍糧秣廠跡石碑 |
干草稲荷 |
台座には陸軍の名が刻まれている |
|
|
|
赤城神社 “流山”という地名の発祥となったと伝承されている神社です。本殿は江戸時代1789年に再建されたもので市の有形文化財
となっています。大しめ縄行事は地元の人達が協力しあって大しめ縄をつくる行事で、流山市の無形民俗文化財に指定され
ています。 |
|
|
|
赤城神社 |
大しめ縄 |
大しめ縄を製作中 |
|
|
|
光 明 院 創建は不詳、江戸時代初期と伝わっています。本尊は不動尊、江戸時代の石造物のある真言宗豊山派の寺院。
小林一茶と双樹の連句碑や慶応4年4月に新選組の隊士達が分宿したお寺です |
|
|
|
光明院 |
小林一茶と双樹の連句碑 |
新選組の隊士達が分宿 |
|
|
|
一茶双樹記念館 小林一茶と双樹が親交を深めた由緒ある土地として流山市の記念物第1号に指定されました。
秋元本家のみりんに関する資料の展示、茶会、句会などに利用できる施設となっています。
|
|
|
|
入口(秋元本家・江戸時代の商家の表構え) |
枯山水の庭園 紅葉が美しい |
小松宮彰仁親王の書 |
*お願い
任意に来られる団体のお客様は、事前に一茶双樹記念館に連絡をお願いいたします。
04-7150-5750 入館料は無料 |
|
|
|
まちなみミュージアム 万上みりん工場は江戸時代からの操業で、現在まで約250年間続いています。平成26年、白みりん開発
200年を記念して万上みりん工場に「まちなみミュージアム」が作られました。 |
|
|
|
なまこ塀に当時の絵、写真が掲示 |
当時のみりん工場の銅版画(右角が江戸川) |
「万上」の商標 |
|
|
|
庚申塔 60日ごとにやってくる庚申の日に、夜眠らずにいると健康長寿が叶うというのが庚申信仰です。「庚申搭と関連資料」は
市の有形民俗文化財に指定されています。 |
|
|
|
祠の中に青面金剛の庚申塔が安置されています |
|
|
|
|
|
近藤勇流山本陣跡
慶応4年4月2日、近藤勇率いる新選組227名が流山にやってきて本陣を敷いた場所であります。また、近藤、土方が最後の別れと
なった場所でもあります。翌4月3日には新政府軍によって包囲され、浅間神社裏に錦の御旗も立てられました。近藤勇の決断は如何に!
|
|
女性の新選組ファンがたくさん来ます。 |
|
|
|
|
待機ガイドについて
毎週土曜日、日曜日および祝日には 近藤勇陣屋跡にて10時~15時の間フリーのお客様にご説明しています。
お気軽にお声掛けください。
(待機ガイドは3月~6月土曜、日曜日、9月~11月土曜、日曜日および祝日) |
|
閻魔堂 境内には、義賊金子市之丞(かねこいちのじょう)と遊女三千歳(みちとせ)のお墓があります。
金子市之丞とはどんな人物像か? 来てのお楽しみ! |
|
|
|
閻魔堂の入口
|
閻魔大王(寄木造りの座像)
(市指定有形文化財) |
金子市之丞 の墓
|
|
|
|
|
|
|
|
敷地内では新選組の衣装を着て素晴らしい演武を披露しています。(北総新選組の皆さん)
(現在はやっておりません) |
|
|
|
常与寺 鎌倉時代の1326年の創建、日蓮宗寺院。 このお寺は千葉大学教育学部の発祥の地であり、そして県内で最初に小学校の
できた場所です。千葉県の近代教育の原点がここにあったのです。 |
常与寺 |
千葉師範学校発祥の地の碑 |
|
|
|
|
|
|
|
|
浅間神社 江戸時代初期の正保元年(1644年)創建の神社。祭神はコノハナサクヤヒメ。社殿の裏には富士塚(市指定有形
文化財)があります。幕末に新政府軍が境内裏に仮本陣を敷き、錦の御旗を立てて新選組を包囲した場所です。 |
|
|
|
浅間神社 |
富士塚 |
|
|
|
|
流鉄流山線 流鉄流山線は松戸市の常磐線馬橋駅から流山駅まで5.7kmを大正5年3月14日に開業したもので、平成28年3月
14日、開業100周年を迎えました。(開業100周年記念祭の詳細は 「イベント情報」をご覧ください。)
当時の町民がお金を出し合って造った鉄道なので町民鉄道と言われています。 |
|
|
|
流山駅 |
|
|
|
|
本多家加村台御屋敷跡 江戸時代に田中藩本多家の加村台御屋敷という大名屋敷があったところです。 明治初期、葛飾県と
印旛県が誕生した時、流山に県庁が置かれ、この屋敷を増改築して県庁として利用しました。 |
おの・つよし著「歴史ガイドとイラストマップ 流山のむかし」崙書房より |
|
|
|
|
葛飾県印旛県県庁跡 明治2年1月、流山を含む東葛地域に葛飾県が誕生すると流山が県庁所在地となりました。明治4年11月葛飾県
を母体に佐倉県と関宿県などを統合して印旛県となりました。流山は4年半にわたり県庁所在地で、行政、司法、
教育、経済の中心地として活躍したのです。 |
|
|
|
本多家屋敷跡地に建つ 中央図書館(左)と
博物館(右) |
|
|
|
|
|
本町界隈の寺院 |
長流寺 長流寺は、江戸時代慶長12年(1607年)の創建といわれる浄土宗の寺院です。毎年4月には近藤勇、土方歳三の子孫が
参加する「勇忌」がここで行われます。流山七福神の恵比寿様(福寿無量)を祀り、札所としても知られています。 |
|
|
|
|
|
|
流山寺 りゅうさんじ 江戸時代初期に創建され昭和40年に火災で再建された曹洞宗の寺院。 流山七福神の大黒天像が祀られて
います。
江戸時代の俳人、大川斗囿の句碑があります。 慶応4年4月新選組が分宿したお寺です。
|
|
|
|
|